教養教育:教育

[2009.03.12]  2009:03:12:12:57:24
花粉症と文化共生

通称、「うちのゼミ」(あるいは、「あのゼミ」)の伝統、1)研究室でのゆるーい会話、2)何をテーマに書いてもよいが、あとが怖い卒論での涙と汗(念のため、血はでません)、3)就職・進学率100%、そして、4)卒業前の研究室の大掃除、それらすべてが今年も守られて、今週末、ゼミ生たちが巣立ちます。
しみじみした思いに浸ろうとする矢先、花粉症が悪化、しみじみどころではなくなりました。

花粉症については様々なことが論じられます。

そのひとつは、スギ花粉との関連で論じられる日本の森林行政です。
針葉樹に特化した植林は、日本の固有の自然の生態系とは異なる「木の畑」づくりでした。
しかも、生産した木材が外国から輸入される木材との競争力を失ったわけです。
お金にならない「畑」は荒れるにまかされる状態になり、様々な問題を引き起こしました。

森林や草原のことを考える場合、大事なことは、抽象的に考えることではありません。
かつて、森を守るために、「割り箸の使用を止めよう」というようなことがさかんに言われました。
しかし、いま大事なのは、国内の間伐材の割りばしを積極的に使って、間伐材を経済活動の中に組み入れることです。
勿論、使い終わったら、集めて有効活用する工夫も必要でしょう。森や草原を守ることは、動物や人間の活動を締め出すことでは出来ないのです。動物や人間が自然の一部として、その環境に負荷をかけることが、生命のサイクルに重要な意味をもっています。

2008年度、本学で行ったフィールド科目、『森の思想』というユニークな授業のキーワードは、「中規模撹乱」という生態学用語でした。人間や動物が、森や草原を使用する(撹乱する)ことで、かえって植物の生産性が高まり、豊かな森や草原が出来上がります。そのために、撹乱は、大きすぎても、小さすぎてもならず、中規模でなければならないのです。

中規模撹乱は我々が訪れたC.W.二コルさんたちが進める「アファンの森」の自然保護活動にも、長野県の林務部が行っている県産材の活用にも、繋がる大切な概念です。それには、その土地、その土地の暮らし方と文化が密接に関わっています。

内モンゴルで進められている「生態移民」に代表される普遍主義的な政策の危うさは、草原を救うために、その中規模撹乱をもたらすはずの、土地に固有の暮らし方、つまり、遊牧の文化を根こそぎにしてしまう危うさであるような気がします。

壮大な規模の森林への撹乱の結果、花粉症の仲間入りをした御同輩、洟をたらしながら、文化共生に大切な、それぞれの場所、それぞれの文化について考えてみて下さい。