教養教育:教育

玉城 司

日本語を話したり、書いたりすることって、日本人ならばだれでもできるはず…。
けれど誰にでもできることって意外とむつかしい。
文書作成のスキルや論理的な話し言葉を身につけて、日本語で世界にコミュニケートしよう。

[2010.04.28]  2010:04:28:14:39:39
花見

信州の春は、遅い。入学式が終わってから一週間ほど経ってようやく桜が開花して、花見となる。それでも今年は肌寒い日が続いているから、こんな句を詠んでみた。

 世遊びの浮草春に凍えけり    (よすさびの うきぐさはるに ごごえけり)

「この世を遊び暮らす私のような浮き草でも、さすがにこの春の寒さにふるえましたよ」という意味。浮草は夏の季語がだから、イケナイよとお叱りを受けそうだし、「世遊び」は一般的な用語ではない上に、遊ぶとは何事か、真面目にやらんかい、と非難されそうだが、鹿爪らしく真面目そうに何かを装う人こそ、実はアブナイ・・・と思っている。
 この浮世(憂世)を生きぬくには、凍えてばかりはいられないのだが・・・。

 ところで、寒さや凍えを溶かしてくれるのは桜花であり、またピカピカの新入生だ。
 彼女たちにも憂いがないわけではないだろうが、明るい色合いとはじける笑顔とざわめきは、春そのもの。授業をちょっと抜けだして、大学の前の公園で彼女たちと花見をした。
 団子があれば最高だったが、まあ許してもらおう。信州にも明るい春がやってきた。

(写真は、大学校舎に映える桜)
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(女学生たちとの花見)
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[2009.01.26]  2009:01:26:14:45:04
平成20年度卒論発表会

 1月21日、卒論発表会があった。学生たちの充実した研究発表を聞いて、さまざまなことを考えさせられた。

 タイトルをいくつかあげてみよう。「自己愛と他者の関係」「高校生のいじめに関する認識」「青年期の友人関係」。
 人間関係で悩んだ末、心理学的なアプローチによって解決策を見出そうとする学生の姿に、中高年に属する私も身につまされ、共感した。若い人には、もっと切実な問題であろう。
 
 英語コースでは、「中学生のコミュニケーション能力育成のための指導と実際」についての発表を聞いて考えさせられた。コミュニケーション能力を 育成するには、中学生では遅すぎるかもしれない。日本語と英語、ふたつの言語によるコミュニケーション能力の育成は、これからの大切な課題だと思った。

 4年間は決して無駄ではない。1年生の時の学生の顔つきと3年10ヶ月の今の顔つきは、まったく異なっている。結果や成果を追い求めるより、プロセスを大事にしたい。4年後のいい顔は、清泉でのプロセスが磨き上げた、「いい顔」だ。    

[2008.10.07]  2008:10:07:09:44:52
日本文学入門

huzoku_edo.jpg私の好きな作品を取り上げて、かなり自由に授業中に読みます。うまく行くかどうかは、ちょっと疑問ですが、江戸初期の感覚で「源氏物語」を読むとどうなるか、遠回りせずに芭蕉の「奥の細道」を読むのが面白い、と実施してみました。芭蕉以外の蕪村「新花摘」、一茶「父の終焉日記」や芭蕉と同時代の西鶴の作品、蕪村と同時代の上田秋成や建部綾足の作品も読みたいと願っています。


[2008.10.07]  2008:10:07:09:42:40
女と男の文芸論

ononokomachi.jpgジェンダー論の立場を尊重しながらも、授業をすすめています。なぜ女と男をめぐる文芸が書かれ続けているのだろう、なぜそこに葛藤や愛情というややここしい問題が生じてしまうのだろう、恋愛とは何だろうか。共同幻想・対幻想・個人幻想など幻想と現実とは何だろう、分からない事だらけを授業で考えます。