心理コース:教育

田村 俊輔

何気なく語られるお話、昔から語り継がれてきたお話、こんなお話はなにか特別な「意図」があって語られるわけではありません。
語ることに、聴くことに意味があります。そして、その内容には特別な「意味」が含まれす。「語る」という行為、「語り」の内容から心の深層、発達の真相に接近します。
ここで得られた理解は道徳性の研究に応用されます。

[2009.08.22]  2009:08:22:13:47:38
夏の花3:ヨツバヒヨドリ(四葉鵯)とアサギマダラ

20090822 tamura.JPG初夏にはヨツバヒヨドリが花を咲かせはじめます。白い、薄桃色のものもありますが、花は地味なものです。花が開ききると、花はフワフワとした羽毛状になり、葉は輪状になって、茎の周りに4枚ずつ付いているので、こんな名前がついたのでしょう。1.5m前後のしっかりとした茎の頂上に咲く花は、まだまだ丈が低いススキの原や林の中に点々と散在します。近くを通ると、フワッとした甘い匂いが漂ってきます。

ヨツバヒヨドリの花が咲くと、ひとつ楽しみが増えます。それが、アサギマダラです。

今年の夏は雨が多く、8月に入ってからも、からりと晴れた夏らしい日はあまり多くありません。雨の間を縫い、晴れ間が顔をのぞかせたある朝、今年初めてのアサギマダラを目撃しました。写真は、急ぎ家に戻り、カメラを片手に現場にかけつけて撮ったものです。ちょうどその美しい翅をひろげたところでした。

言い遅れましたが、アサギマダラとは、写真の蝶の名前です。この蝶は、わたしがこの飯綱高原で出会う限りにおいては、群棲していません。1頭(蝶は「頭」で数えるらしいです)または2頭、多くても3頭位がひらひらと優雅に飛んでいます。出会える回数もそう多くはありません。今日は、もう8月22日です。今年は、写真を撮った朝を含めて2回しか出会っていません。

見かけは優雅な蝶ですが信じられないほどの飛翔力を持っています。秋に岐阜を飛び立ち、40日後に、南の島奄美で捕獲されたという記事が朝日新聞の一面(2008年12月10日)に写真入で載っていました。岐阜と奄美の間は実に1,100キロです。アサギマダラの研究家たちが、捕獲した蝶の翅に捕獲した場所や時を特殊なペンで書き込み、再び放つという方法で、この蝶の超蝶的な習性が明らかになってきているようです。

[2009.07.14]  2009:07:14:18:53:38
高原の花2: 花と昔話

    20090715 tamura4.jpg 苧環が咲き始めました。菖蒲は1ヶ月ほど前から紫の花をつけ、その花の盛りはもう終りです。
  苧環も菖蒲も難しい漢字ですね。苧環は「おだまき」と読みます。菖蒲は「あやめ」または「しょうぶ」と読みます。図鑑を調べてみると、「あやめ」はアヤメ科の植物ですが、「しょうぶ」はサトイモ科の植物のようです。この二つは、確かに、その刀状の長い葉は似ていますが、全く違った植物です。区別するためにか、写真の「あやめ」を「花しょうぶ」と呼び分けたりもしているよ、と近所の造園家Mさんが教えてくれました。

 今回は、この苧環と菖蒲に関係する昔話のお話です。

 日本の昔話には多くの「異類婚姻説話」が残っています。異類、つまり他の動物と人間とのあいだの婚姻話です。有名なものには「鶴の恩返し」がありますね。この種類のお話の中に、なぜか、蛇と人間の組み合わせは意外と多いのです。20090714 tamura2.jpg余りに多いので、昔話の研究家は、これらの話を分類するために、型名をつけて  います。苧環はそんな型名の一つとして使われ ています。

  苧環型(おだまきがた)昔話の共通点は、若者(女性、男性)のところに、ひんぱんに異性が通ってきます。そんな状況を不思議に思った年寄り(または親)がその若者に一つの知恵をさずけます。針に糸を通して、その異性の髪か衣服に針を刺し、去った後、糸を手繰ってその正体を見極める、といったものです。若者が、そのアドバイスに従って、異性の着物か髪に針を刺すと(髪か着物に見えますが、異類にとっては身体の一部なのです)、異類は苦痛のうめきをあげながら逃げ出すのです。逃げた後、その糸を手繰っていくと、古い沼や池の傍に身体を横たえた蛇を見つけるといった筋立てです。この筋立ての後には、菖蒲が登場します。菖蒲湯に入り、蛇よけを行うといった結末です。苧環とは、この話に出てくる糸を巻きつける糸巻きのことなのです。花がその糸巻きと似ているのでしょう。

20090714 tamura3.jpg 高原に咲く花にも、こんないわれがあるのです。上記のように、苧環は現代の昔話研究家が話の分類に使ったものですが、菖蒲は今も信濃の人々の生活に根強く残っています。前出の造園家のMさんの話ですが、庭仕事にうかがった 飯綱町F団地のある家の玄関先に菖蒲が一束下げてあったそうです。その家のおばあちゃんがMさんに、それは蛇よけのおまじないだと教えてくれたそうです。この菖蒲は花のない「しょうぶ」です。

 昔話が今も生きている信州の夏はこれからです。次回はできれば花に蝶が舞う写真を撮ろうと思いカメラを持ち歩いています。

--

注:ブログへのアップが遅れました。今は、あやめの花は咲き終わり、苧環の花が終盤に入っています。

[2009.05.26]  2009:05:26:18:06:52
初夏の花 1

 飯綱高原は清泉女学院の裏庭のようなところ、キャンパスから車で北へ30分も行けば、初夏の花でいっぱいです。最近まで、山桜がほんのりとピンクの花を咲かせていました。
 この半月の間に「水芭蕉(みずばしょう)」が咲き、もう、大きくなりすぎました。今は、巨大なキャベツの葉っぱのようです。英語ではskunk cabbageと呼ばれています。スカンクとは、あの強烈な臭気を発する動物のことですが、水芭蕉は湿地帯に咲いているので、通常、近くまでいって手に取ってその香を楽しむことはしません。
 尾瀬の初夏を歌う「水芭蕉の花が咲いている、夢見て咲いている水のほとり」ご存知でしょう。この歌詞は2番になると、「咲いている」が「匂っている」に変わります。わたしも、水芭蕉がどんな匂いかは分かりませんが、湿地に隔てられて、遠くで見ていることにしましょう。
 今は、「勿忘草(わすれなぐさ)」の時期になっています。水芭蕉と違って、これから暑くなるまで、一ヶ月以上の間花を咲かせています。この花が高原に自生している自然のものなのか、園芸種なのかは知りません。しかし、林の際、ちょっと日陰になった場所に群生しています。毎年、この時期になると可憐な花を咲かせます。群生している場所だけが、ポッーと薄明かりで照らされているようです。青色のものがほとんどですが、時々、薄桃色や白色のものも混じっています。
 英語ではForget-me-notと呼ばれていますが、本当かな?変な英語ですね。でも、尾崎豊の歌にもForget-me-notがあります。一般的な呼び名なのでしょう。こちらの歌詞は「君が教えてくれた花の名前は、街に埋もれそうな小さな勿忘草」、尾崎豊のイメージと都会の片隅にひっそりと佇む人を重ね合わせたアンニュイな雰囲気が漂っています。しかし、林の中で見る勿忘草は、地味だけれど、いつも側にいて欲しい、そんな安心感を起こさせてくれます。水芭蕉より、ずーっと近くによって見ていたい花です。

 

* 水芭蕉の写真は、5月の連休前後に撮ったものです。

20090526 tam flower2.jpg

 

* 勿忘草の写真は今朝(5月26日)撮りました。

20090526 tam flower1.jpg

[2009.04.20]  2009:04:20:21:39:17
今年はじめてのふきのとう

TamraS20090420.jpg 昨日からの雨で、我が家の周りの雪もだいぶとけました。それと同時に、里より一ヶ月は遅い、春の訪れが始まっています。今朝は、犬の散歩の途中、林の中で「ふきのとう」を見つけました。ここに一つ、あそこに二つと、探すうちに、家族3人で食べるに十分な数のふきのとうが採れました。
 信州では、ふきのとうは「ふきったま」と呼ばれています。文字通り「蕗の玉」という意味でしょう。しかし、我が家のあたりで採れるふきのとうは「ふきったま」と勢いよく呼ぶには余りに小さく、やわらかく楚々としています。
 軽く衣をつけててんぷらにするとおいしく食べられます。食べるときには、塩を一つまみ、ぱらりとかける位がちょうどよいところです。「今日はてんぷらにしようか」と思っていましたが、帰りが遅くなり、てんぷらを揚げる元気はありませんでした。代わりに、スパゲッティーに入れておいしくいただきました。

[2009.04.07]  2009:04:07:13:21:12
軍手の中で越冬した?クロスズメバチに刺されて

一昨日の早朝、冬の間軒下に放置してあった軍手に手を入れたところ「チクリ」とした痛みがありました。あわてて軍手の中を確認したところ、ミイラ化した蜂が一匹入っていました。

ミイラが刺すはずはありません。彼の蜂は生きていました。ミイラ化したように見えた理由は、わたしが、「この時期に蜂がいるはずがない」と思い込んでいたこと、実際にミイラ化したように干からびた不動の蜂であったからです。

わたしは、痛みより、この小さな蜂、クロスズメバチが一冬軍手の中で何も食べずに生き延びたことに感動していました。何しろ、我が家は標高1,000m以上の極寒地に位置し、冬の外気温は零下20度にもなることがあるのですから。そして、春の朝、わたしを刺すエネルギーを残していたことに小さな命の不思議さを感じ、しばし、痛さも忘れ、ほのぼのとしていました。

翌日、わたしの右手の甲はりんごのように腫れ上がっています。

1 2