たむらゼミ
「物語」「昔話」の深層から人間の心理に接近します。また、「語られた人生」や「語られた道徳意識」の分析を通して、わたしたちが自分自身の人生をどのように理解しているのか、どのように理解したいのかを探っていきます。
道徳性心理学の研究は「人格」、「認知」、「学習」等々さまざまなアプローチからなされてきました。他の科学分野と同様、心理学もその研究分野は時と共に細分化され、ともすれば、道徳性を前後の脈絡(文脈)なしに限られた枠組みの中で扱ってしまう傾向が強くなってきました。そんな中で、1980年代から、アメリカの認知心理学者のJ.ブルーナーのナラティブ(語り)の考え方が次第に影響力を持つようになって来ました。簡単に言えば、わたしたちが現実を理解しようとするとき、好むと好まざるとにかかわらず、文脈に頼らざるを得ないという傾向を踏まえた心理の捉え方です。現在の心理学の中で「ナラティブ」や「物語」を冠しているものの多くは、この基本線から出発しています。この考え方から出発し道徳性の理解を試みるとき、わたしたちは「昔話」や「人の語り」から多くのヒントを得ることが出来ます。
多くの古典的(といっても、100年程の心理学史の中での話ですが)心理学者たちが、古くから「道徳性」の問題を扱っていますが、道徳性心理学として絞られた焦点のもとに扱われるようになったのは比較的最近のことです。道徳性心理学は、人の思考、感情、行動に道徳を関連させて、心理学の手法を使いながらみていく、エキサイティングな分野です(と、わたしは思っています)。わたしは、心理学の勉強を発達心理学からはじめ、道徳性もピアジェやコールバーグといった認知系の心理学者のものの見方に負う所が大きいのですが、他方で、下記のように、道徳性の理解に「文脈」を導入しようと試みてきました。